創作ノート:milk box

思潮社の『現代詩読本 田村隆一』の中で、田村隆一は次のように書いている。

カトリックの作家フランソワ・モーリアックの精神の自叙伝ともいうべき『内面の記録』を読んでいたら、きわめて美しい言葉に出会ったーーーー
幼年期は一つの生涯の全部である。
したがって、最良の童話には、「一つの生涯」が、丸ごとふくまれていなければならない。そして、そういう童話は、一世紀に一つか二つ生まれれば、その世紀の文明は保証されたといってもいいだろう

そして、詩人は最良の質を持つ童話として、アンデルセン、ミルン、シュペルピエール、宮沢賢治をあげ、さらにこう付け加える。
わが国の近代のように、<大量消費財>であるうちは、童話も、その作者も、読者も、「一つの生涯」をまるごと経験するわけにはいかない。

大量消費財という問題は、受け手である読者にも責任がある・・・。

さて、今回の作品は自身の幼少期の写真を用いた。
はっきりとした幼年期の記憶を持つ人は少ないと思うが、
子供の頃の写真には言葉では言い表せられない記憶が宿っているようだ。
それが「ノスタルジー」の中核ではないかと思う。

視覚と嗅覚(嗅覚は五感の中でもより記憶と結びついているという)

雨の匂い
甘いミルクの匂い
古い町並みの匂い

このノスタルジーが人生の根底に流れている幸福。
そのことが私の「一つの生涯」を支えてくれている。