創作ノート:時祷書12月

『ベリー公のいとも豪華なる時祷書 Tres Riches Heures of Jean, Duke of Berry』では、12月は「イノシシ狩り」
森の中、猟犬たちがイノシシを仕留めている。パリ郊外、ヴァンサンヌ城近くの狩場。
ヴァンサンヌ城はルイ7世(1120-1180)によってヴァンサンヌの森に狩猟の館として建てられ、
その後、尊厳王と呼ばれたルイ7世の息子、フィリップ2世(1165-1223)がサン・ルイ教会を建て、これによって城は教会、邸宅、塔が一体になった。

この猪狩りは、巻き狩りといって、大人数で獲物を四方から取り囲み、囲いを縮めながら追いつめて射止める大がかりな狩猟の方法。
夏の鷹狩と違って、レジャーの要素はなく、貴族のスポーツとして行われていた。
当時は狩猟権を持っているのは貴族だけで、農民が狩りをすることは禁じられており、
この大がかりな狩り(軍事演習の要素も持っていた)は、畑が踏み荒らされる、流れ弾による事故など、農民にとっては随分迷惑なものだったようだ。

時代は下がって、ルイ14世(1638-1715)はフロンドの乱(ルイ14世と宰相マザランに反発した貴族層が起こした内乱)の後、ヴァンサンヌ城に逃れ、ここに宮廷を移す。それからヴェルサイユ宮殿の建設に着手し、宮廷がヴェルサイユに移ると、ヴァンサンヌ城はなんと刑務所となった。
マルキ・ド・サド(1740-1814)もここに投獄されていたことがある。

さて、1月から進めてきた時祷書のシリーズもこの作品で完了する。
ベリー公が作らせた時祷書は王侯貴族のためのものであり、贅を尽くした1点物の豪華な貴重本だ。
しかし、このシリーズで私の意図したところは、15世紀に作られた「貧者の聖書」と呼ばれる、かろうじて字が読める者向けに作られた木版画、または字の読めない物のために聖書の物語の場面を描いた木版画に近い。

「貧者の聖書」、良い響きだ。
信仰とは何か、厳かな祈りとは何か。