憂鬱=メランコリーの歴史は古く、古代医学の四体液説は、人間の体を構成する血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁の4つの体液が性格にも影響するとして、黒胆汁の気質を持つ人には憂鬱症状が見られるという。
「黒い」という意味の古代ギリシャ語 melas と「胆汁」という意味の kholé を合わせてメランコリアという言葉が生まれた。
キリスト教では憂鬱は「怠惰」につながる罪であるとして否定的だが、ルネッサンス期になると憂鬱は思索する芸術家の象徴として寓意画に描かれるようになる。これは、哲学者や芸術家の多くが憂鬱気質であり、土星の影響をうけるという神秘主義の思想からきている。
デューラーはドイツ・ルネッサンス期の画家で、数学者でもあった。
「メランコリアⅠ」、この銅版画は憂鬱の寓意画であり、様々な寓意が仕掛けられており、
右上に描かれている砂時計のとなりに数字が並んでいる。
これはユピテル魔方陣で、制作年である1514という数字が埋め込まれ、4×4の升目の縦、横、斜め、どの列も和が等しくなるように並べられている。
数学者でもあったというデューラーの巧妙な仕掛けだ。
もう随分昔、確か1990年代前半だったと思うが、上野の都立美術館で大英博物館展が開催された時、この作品を観た。友人と一緒に行ったのだが、最初は同じペースで観ていてもボリュームがありすぎて次第に離れて行き、(どうせミュージアムショップで落ち合うのだ)
数十分後、再会した友人と一番に交わした言葉がお互いに「デューラーがすごかった」だった。エジプトの至宝に混じって、小さな部屋にポツンと展示されていたのだが、圧巻だった。
もちろん好みというものがあるし、考古学者が見れば古代の遺物の方に心奪われるのかもしれないが、一人の画家のB5サイズにも満たない小さな版画が、当時学生だった私たちの心を鷲掴みにした。
それを考えると、同じタイトルをつけたこの作品は、偉大な先達に捧げるオマージュであるにしても大変おこがましいものではある。
しかし、こと作品において創作者は物怖じしてはならず、倫理の垣根を超えない限り(非常にデリケートに扱われなければならない問題だが)は恥知らずで良いと思っている。