創作ノート:時祷書5月-青嵐-

『ベリー公のいとも豪華なる時祷書 Tres Riches Heures of Jean, Duke of Berry』では、5月は「若葉狩り」、緑の季節。

「may」は繁殖と成長の女神「maia」からきている言葉。
また、サンザシの花を指す言葉でもあり、サンザシは黒い棘を持つ潅木だが、5月になると一斉に白い花を咲かせる。

ヨーロッパにおいて季節を2分した際の節目は5月1日と11月1日。
この夏と冬のせめぎ合い、特に5月1日の夏のエネルギーは劇的に季節を変えるものとされ、各地で盛大に5月祭が行われてきた。
人々は「森」に出かけ、芽吹き始めた草花を集めて花かざりを作り家の戸口や窓辺に飾る。
メイポール(5月柱)は原始的な樹木信仰に由来するもの。

また、5月は恋の季節。
メーデーの前夜に枕の下にノコギリソウの葉を置くと夢に未来の恋人が現れるとか、お菓子の中に指輪を埋め込み、それを引き当てた者が一番に結婚するという俗信などがあり、植物の成長の時期と人間の繁殖は密接に結びついていた。
男女が「森」へと向かうのは「メイイング」といい、性の解放の意味を持っている。

「若葉狩り」に出かける一行も頭に若葉をつけ、女性は緑色の衣装を身にまとっている。
メイクイーン(5月女王)だ。オーストリア南部の「グリーン・ジョージ」、イギリスには「ジャック・イン・ザ・グリーン」と緑の衣装をつけた人物が植物の再生の力を象徴する。

やがて繁殖と成長の女神はキリスト教世界においてマリア信仰に変換され、5月は聖母マリアの月となる。

さて、5月の作品では、一つの情景を念頭に置いて作成した。
内田百閒の随筆『第一阿房列車』の中の一文。肥薩線に乗って球磨川を伝い、八代への旅の途中。

その球磨川が車内の反対側の窓の下を流れるのだったら甚だつまらない。何だか落ちつかなくなっていたら、その内に川が見え出した。矢っ張り左側である。万事休するかと思う内に、又もう一度鉄橋を渡った。それで川が右側の、私の窓のすぐ下へ来た。
宝石を溶かした様な水の色が、きらきらと光り、或はふくれ上がり、或は白波でおおわれ、目が離せない程変化する。対岸の茂みの中で啼く頬白の声が川波を伝って、一節一節はっきり聞こえる。見慣れない形の釣り舟が舫っていたり中流にでていたり、中流の舟に突っ起っていた男が釣り竿を上げたら、魚が二匹、一どきに上がってぴんぴん跳ねている。鮎だろう。

旅情を誘う美しい文章。この旅は5月ではないけれど、夏の涼やかな情景、色彩がまぶたに浮かぶ。

洋の東西を問わず、5月は気持ちが浮き足立ち、「さあどこか出かけてみようか」という気持ちにさせるのではないかと思う。
列車の窓を開けて緑の匂いのする風を体いっぱいに受ける、旅と鉄道。

これが私の5月のイメージだ。